theater
高校3年生。豆腐屋である父の手伝いで嫌々ながら、ハチロクを運転し豆腐を届けていた。手伝いをはやく終えようと秋名山を走っている内に、超一流のドライビングテクニックが身に付いていた。クルマにはまったく興味がない男子高校生であり、走り屋になるのすら嫌がっていた。だが、ライバルたちとのバトルをきっかけに内なる闘争心に目覚めはじめる。
SPEC
1983年~1987年の4年間にトヨタ自動車から生産、販売されたスプリンタートレノ/カローラレビンの中で、1600CCツインカム16バルブエンジンが搭載されるものだけに与えられた型式が「AE86 (ハチロク)」となる。小型軽量のFR(フロントエンジン・リアドライブ方式)の名車。テスト走行で最高速190㎞/h、国内ラリーでも好成績を収めた実績を持つ。2012年4月にAE86のスピリットを受け継ぐスポーツカー、トヨタ・86が発売された。
FC3Sに乗る赤城レッドサンズのリーダー。バトル相手の戦闘力を完全に把握し、冷静沈着な完璧な走りで相手を屈服させる。「関東最速プロジェクト」を打ち立て、群馬県内はもとより関東全域の峠のコースレコードを弟・啓介とともに塗り替え、華々しく引退することを決めていた。だが、拓海とハチロクの存在が、この完璧な男に変化を促した……。
SPEC
開発コードP747。1985年~1991年の6年間にマツダから生産・販売され、RX-7の最初のフルモデルチェンジ。日本車初の対向4ピストンのアルミキャリパーを採用し、初代と異なるインタークーラー付ターボエンジンを搭載。当時流行していた「4WS感覚」がキャッチコピー。速さを求めるスポーツカーに対し、「スポーツカーとは何か?」という価値観の創造に立ち返り、スポーツカーの新しい存在意義を見出した。
FD3Sを駆る、赤城レッドサンズのエースであり、高橋涼介の弟。本能のままに走るドライビングは豪快そのもの。兄の「関東最速プロジェクト」を実現するため秋名山を訪れたが、そこで信じられないスピードで疾走する拓海とハチロクに出遭う。啓介はその走りに惚れ込んでしまった。そして、拓海と兄・涼介とのバトルを前に、複雑な心境を抱き始める。
SPEC
開発コードX105。1991年~2002年の11年間にマツダから生産、販売されたロータリーエンジン搭載量産車。RX-7としては2度目のフルモデルチェンジで、車名は販売期間中に「アンフィニ・RX-7」から「マツダ・RX-7」に変更された。「ピュア・スポーツ」をコンセプトに車体の軽量化やエンジンの高出力化を図り、オーストラリアのバサースト12時間耐久レースでは3年連続で優勝するほど持久力に優れた名車。エンジンスペックだけでなく、コーナリング性能でスポーツカーを語る時代の幕開けとなった。
拓海に思いを寄せる女子高生。拓海の所属するサッカー部のマネージャーをしていたが、拓海の暴力事件をきっかけに距離を置いていた。その後、事件の発端が自分であったこと、拓海は自分を守るために拳を振るったことを知り、積極的に拓海に急接近。ハチロクでデートをするまでの仲となる。クルマのことは詳しくないが、拓海の運転とハチロクは好き。
拓海の親友であり、同じガソリンスタンドで働くバイト仲間。クルマ好きの高校生で、走り屋に憧れ、マイカーを手に入れたら秋名スピードスターズに入れてもらうことを夢見ている。そんな樹は、バイトで貯めたお金でようやく中古のハチロクを購入するものの、なんとそれはハチゴー(外見は似通っているが、エンジン性能などが劣る車種)だった。
妙義ナイトキッズのリーダー。怪物とも称されるR32GT-Rを操り、グリップ走行に絶大な自信を持っていた。彼にとってドリフトはギャラリーを沸かせるパフォーマンスにしか思えなかったのだ。だからこそ、秋名山のダウンヒルで拓海の操るハチロクに負けたこと、そして、そのドリフトを駆使した走りに魅せられたことに戸惑いを隠せないでいた。
SPEC
目の覚めるような加速力と圧倒的なパワーを誇る。しかも、スピードを乗せたまま、きちんとコーナーをまわる安定感まで併せ持つ。その圧倒的な実力はまさに「怪物」。中里毅はGT-Rの特性を最大限に活かし、ドリフトをしない、グリップ走行を追求し、拓海とハチロクを苦しませた。
拓海の父。豆腐屋を営む普通の偏屈オヤジだが、クルマの運転技術、知識は超一流。中学生の拓海にハチロクで豆腐を届けさせることで、密かに息子のドライビングテクニックを磨いていた。バトル相手の特性に合わせてハチロクをチューニングし、言葉は少ないものの的確なアドバイスを拓海に与えている。若い頃のはっきりした経歴は不明。
©しげの秀一/講談社・2014新劇場版「頭文字D」製作委員会
©しげの秀一/講談社・2015新劇場版「頭文字D」L2製作委員会
©しげの秀一/講談社・2016新劇場版「頭文字D」L3製作委員会